んぜず》、入魂《じゆつこん》に立入仕候段只今に相成重々|奉恐入候《おそれいりたてまつりそろ》、思召次第如何樣共御咎仰付可被下置段申上《おぼしめししだいいかやうともおんとがめおほせつけくだしおかるべきだんまうしあげ》ける時、公笑はせ玉ひ、余が眼目をさへ眩《くら》ませし程のやつ、汝等《なむぢら》が欺かれたるは尤《もつと》ものことなり、少《すこし》も咎申付《とがめまうしつく》る所存なし、しかし汝は格別世話にもなりたる者なれば、汝が菩提所《ぼだいしよ》へなりとも、死骸葬り得さすべしと仰有之候《おほせこれありそろ》に付、則《すなはち》菩提所傳通院寺中昌林院へ埋《うづ》め、今猶墳墓あれども、一華を手向《たむく》る者もなし、僅に番町邊の人一人正忌日にのみ參詣すと云ふ、法名光含院孤峰心了居士といへり。」
説いて此《こゝ》に至れば、獨《ひとり》所謂落胤問題と八百屋お七の事のみならず、彼《かの》藤井紋太夫の事も亦清休、廓清の父子と子婦《よめ》島との時代に當つてゐるのがわかる。
清休は元祿十二年|閏《うるふ》九月十日に歿した。次に其家を繼いだのが五代西村廓清信士で、問題の女島の夫、所謂落胤東清の表向の父である。「御西山君樣御代御側向御召抱お島之御方と被申候を妻に被下置、厚き奉蒙御重恩候而、年々御米百俵宛三季に」頂戴したのは此人である。此書上の文を翫味《ぐわんみ》すれば、落胤問題の生じたのは、決して偶然でない。次で「元文三年より御扶持方七人分被下置」と云ふことに改められた。廓清は享保四年三月二十九日に歿した。島は遲れて享保十一年六月七日に歿した。眞志屋文書の過去帳に「五代廓清君室、六代東清君母儀、三譽妙清信尼、俗名嶋」と記してある。當時水戸家は元祿十三年に西山公が去り、享保三年に肅公綱條が去つて、成公|宗堯《むねたか》の世になつてゐた。
六代西村東清信士は過去帳一本に「幼名五郎作|自義公《ぎこうより》拜領、十五歳|初御目見得《はつおんめみえ》、依願《ねがひによつて》西村家相續|被仰付《おほせつけらる》、眞志屋號拜領、高三百石被下置、俳名春局」と註してある。幼名拜領並に初御目見得から西村家相續に至るには、年月が立つてゐたであらう。此人が即ち所謂落胤である。若し落胤だとすると、水戸家は光圀の庶兄頼重の曾孫たる宗堯《むねたか》の世となつてゐたのに、光圀の庶子東清は用達商人をしてゐたわけである。
過去帳一本の註に據るに、五郎作の稱が此時より始まつてゐる。初代以來五郎兵衞と稱してゐたのに、東清に至つて始めて五郎作と稱し、後に壽阿彌もこれを襲《つ》いだのである。又「俳名春局」と註してあるのを見れば、東清が俳諧をしたことが知られる。
眞志屋の屋號は、右の過去帳一本の言ふ所に從へば、東清が始て水戸家から拜領したものである。眞志屋の紋は、金澤|蒼夫《さうふ》さんの言《こと》に從へば、マの字に象《かたど》つたもので、これも亦水戸家の賜ふ所であつたと云ふ。
東清は寶暦二年十二月五日に歿した。水戸家は成公宗堯が享保十五年に去つて、良公|宗翰《むねもと》の世になつてゐた。
二十一
眞志屋の七代は西譽淨賀信士である。過去帳一本に「實は東國屋伊兵衞弟、俳名|東之《とうし》」と註してある。東清の壻養子であらう。淨賀は安永十年三月二十七日に歿した。水戸家は良公|宗翰《むねもと》が明和二年に世を去つて、文公|治保《はるもり》の世になつてゐた。
八代は薫譽沖谷居士《くんよちゆうこくこじ》である。天明三年七月二十日に歿した。水戸家は舊に依つて治保《はるもり》の世であつた。
九代は心譽一鐵信士である。此人の代に、「寛政五|丑年《うしどし》より暫の間三人半扶持御減し當時三人半被下置」と云ふことになつた。一鐵の歿年は二種の過去帳が記載を殊《こと》にしてゐる。文化三年十一月六日とした本は手入の迹《あと》の少い本である。他の一本は此年月日を書してこれを抹殺《まつさつ》し、傍《かたはら》に寛政八年十一月六日と書してある。前者の歿年に先つこと一年、文化二年に水戸家では武公|治紀《はるとし》が家督相續をした。
十代は二種の過去帳に別人が載せてある。誓譽淨本居士としたのが其一で、他の一本には此《こゝ》に淨譽了蓮信士《じやうよれうれんしんし》が入れて、「十代五郎作、後《のち》平兵衞」と註してある。淨本は文化十三年六月二十九日に歿した人、了蓮は寛政八年七月六日に歿した人である。今|遽《にはか》に孰《いづ》れを是なりとも定め難いが、要するに九代十代の間に不明な處がある。淨本の歿した年に、水戸家では哀公|齊脩《なりのぶ》が家督相續をした。
これよりして後の事は、手入の少い過去帳には全く載せて無い。これに反して他の一本には、壽阿彌の五郎作が了蓮の後を襲《つ》いで眞志屋の十一代目とな
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