目+爭」、第3水準1−88−85]つて見送つて居たが、やう/\我に歸つて、「これこれ」と聲を掛けた。
「はい」と云つて、いちはおとなしく立ち留まつて振り返つた。
「どこへ往くのだ。さつき歸れと云つたぢやないか。」
「さう仰やいましたが、わたくし共はお願を聞いて戴くまでは、どうしても歸らない積りでございます。」
「ふん。しぶとい奴だな。兎に角そんな所へ往つてはいかん。こつちへ來い。」
子供達は引き返して、門番の詰所《つめしよ》へ來た。それと同時に玄關脇から、「なんだ、なんだ」と云つて、二三人の詰衆《つめしゆう》が出て來て、子供達を取り卷いた。いちは殆どかうなるのを待ち構へてゐたやうに、そこに蹲《うづくま》つて、懷中から書附を出して、眞先にゐる與力《よりき》の前に差し附けた。まつと長太郎も一しよに蹲つて禮をした。
書附を前へ出された與力は、それを受け取つたものか、どうしたものかと迷ふらしく、默つていちの顏を見卸してゐた。
「お願でございます」と、いちが云つた。
「こいつ等は木津川口で曝し物になつてゐる桂屋太郎兵衞の子供でございます。親の命乞をするのだと云つてゐます」と、門番が傍から説明
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