いてあった。
取調役は「まつ」と呼びかけた。しかしまつは呼ばれたのに気がつかなかった。いちが「お呼びになったのだよ」と言った時、まつは始めておそるおそるうなだれていた頭《こうべ》をあげて、縁側の上の役人を見た。
「お前は姉といっしょに死にたいのだな」と、取調役が問うた。
まつは「はい」と言ってうなずいた。
次に取調役は「長太郎」と呼びかけた。
長太郎はすぐに「はい」と言った。
「お前は書付に書いてあるとおりに、兄弟いっしょに死にたいのじゃな。」
「みんな死にますのに、わたしが一人生きていたくはありません」と、長太郎ははっきり答えた。
「とく」と取調役《とりしらべやく》が呼んだ。とくは姉や兄が順序に呼ばれたので、こん度は自分が呼ばれたのだと気がついた。そしてただ目をみはって役人の顔を仰ぎ見た。
「お前も死んでもいいのか。」
とくは黙って顔を見ているうちに、くちびるに血色がなくなって、目に涙がいっぱいたまって来た。
「初五郎」と取調役が呼んだ。
ようよう六歳になる末子《ばっし》の初五郎は、これも黙って役人の顔を見たが、「お前はどうじゃ、死ぬるのか」と問われて、活発にかぶりを振っ
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