最後の一句
森鴎外

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)元文《げんぶん》三年

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)船乗り業|桂屋太郎兵衛《かつらやたろべえ》
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 元文《げんぶん》三年十一月二十三日の事である。大阪《おおさか》で、船乗り業|桂屋太郎兵衛《かつらやたろべえ》というものを、木津川口《きづがわぐち》で三日間さらした上、斬罪《ざんざい》に処すると、高札《こうさつ》に書いて立てられた。市中至る所太郎兵衛のうわさばかりしている中に、それを最も痛切に感ぜなくてはならぬ太郎兵衛の家族は、南組《みなみぐみ》堀江橋際《ほりえばしぎわ》の家で、もう丸二年ほど、ほとんど全く世間との交通を絶って暮らしているのである。
 この予期すべき出来事を、桂屋へ知らせに来たのは、ほど遠からぬ平野町《ひらのまち》に住んでいる太郎兵衛が女房の母であった。この白髪頭《しらがあたま》の媼《おうな》の事を桂屋では平野町のおばあ様と言っている。おばあ様とは、桂屋にいる五人の子供がいつもいい物をおみやげに持って来てくれる祖母に名づけた名で、それを主人も呼び、女房も呼ぶように
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