きり答えた。
「それではまつのほかにはだれにも相談はいたさぬのじゃな」と、取調役《とりしらべやく》が問うた。
「だれにも申しません。長太郎にもくわしい事は申しません。おとっさんを助けていただくように、お願いしに行くと申しただけでございます。お役所から帰りまして、年寄衆《としよりしゅう》のお目にかかりました時、わたくしども四人の命をさしあげて、父をお助けくださるように願うのだと申しましたら、長太郎が、それでは自分も命がさしあけたいと申して、とうとうわたくしに自分だけのお願書《ねがいしょ》を書かせて、持ってまいりました。」
いちがこう申し立てると、長太郎がふところから書付《かきつけ》を出した。
取調役《とりしらべやく》のさしずで、同心《どうしん》が一人《ひとり》長太郎の手から書付《かきつけ》を受け取って、縁側に出した。
取調役はそれをひらいて、いちの願書《がんしょ》と引き比べた。いちの願書は町年寄《まちどしより》の手から、取り調べの始まる前に、出させてあったのである。
長太郎の願書には、自分も姉や弟妹《きょうだい》といっしょに、父の身代わりになって死にたいと、前の願書と同じ手跡で書
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