を受けることになっていたのである。城内から帰った本多は、ちょうど着換えが済んで休息している呂祐吉《りょゆうきつ》に、宗をもってそれとなく問わせた。きょうお目見《めみ》えをした者の中に大御所のお見知りになっている人はなかったかと問わせたのである。通事《つうじ》の取り次いだ返答は、いっこうに存ぜぬということであった。しかもそういった呂祐吉の顔は、いかにも思いがけぬ事を問われたらしく、どうも物を包み隠《かく》しているものとは見えなかった。
饗応に相判などはなかった。膳部《ぜんぶ》を引く頃《ころ》に、大沢侍従《おおさわじじゅう》、永井右近進《ながいうこんのしん》、城織部《じょうおりべ》の三人が、大御所のお使として出向いて来て、上《かみ》の三人に具足三領、太刀三振《たちみふり》、白銀三百枚、次の三人|金僉知《きんせんち》らに刀三腰《とうみこし》、白銀百五十枚、上官二十六人に白銀二百枚、中官以下に鳥目《ちょうもく》五百貫を引物《ひきもの》として贈《おく》った。
本多の指図で、使の一行はその日のうちに立って、藤枝《ふじえだ》まで上った。京都紫野に着いたのが五月二十九日、大阪へ出たのが六月八日で、
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