品川に着いた。
十二日|寅《とら》の刻に、二人は品川の宿を出て、浅草の遍立寺《へんりゅうじ》に往って、草鞋《わらじ》のままで三右衛門の墓に参った。それから住持に面会して、一夜《ひとよ》旅の疲を休めた。
翌十三日は盂蘭盆会《うらぼんえ》で、親戚のものが墓参に来る日である。九郎右衛門は住持に、自分達の来たのを知らせてくれるなと口止をして、自分と文吉とは庫裡《くり》に隠れていた。住持はなぜかと問うたが、九郎右衛門は只「謀《はかりごと》は密なるをとうとぶと申しますからな」と云ったきり、外の話にまぎらした。墓参に来たのは原田、桜井の女房達で、厳《きび》しい武家奉公をしている未亡人やりよは来なかった。
戌《いぬ》の下刻になった時、九郎右衛門は文吉に言った。「さあ、これから捜しに出るのだ。見附けるまでは足を摺粉木《すりこぎ》にして歩くぞ」
遍立寺を旅支度のままで出た二人は、先ず浅草の観音をさして往った。雷門近くなった時、九郎右衛門が文吉に言った。「どうも坊主にはなっておらぬらしいが、どんな風体《ふうてい》でいても見逃がすなよ。だがどうせ立派な形《なり》はしていないのだ」
境内《けいだい》
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