蠢《うごめ》いているのである。外廻りには茶店が出来ている。汁粉屋がある。甘酒屋がある。赤い洞の両側には見せ物小屋やらおもちゃ店《みせ》やらが出来ている。洞を潜《くぐ》って社に這入ると、神主がお初穂と云って金を受け取って、番号札をわたす。伺を立てる人をその番号順に呼び入れるのである。
文吉は持っていただけの銭を皆お初穂に上げた。しかし順番がなかなか来ぬので、とうとう日の暮れるまで待った。何も食わずに、腹が耗《へ》ったとも思わずにいたのである。暮六《くれむ》つが鳴ると、神主が出て「残りの番号の方は明朝お出《いで》なさい」と云った。
次の日には未明に文吉が社へ往った。番号順は文吉より前なのに、まだ来ておらぬ人があったので、文吉は思ったより早く呼び出された。文吉が沙《すな》に額を埋《うず》めて拝みながら待っていると、これも思ったより早く、神主が出て御託宣を取り次いだ。「初の尋人《たずねにん》は春頃から東国の繁華な土地にいる。後の尋人の事は御託宣が無い」と云った。
文吉は玉造から急いで帰って、御託宣を九郎右衛門に話した。
九郎右衛門はそれを聞いて云った。「そうか。東国の繁華な土地と云えば
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