りません」宇平は又膝を進めた。「おじさん。あなたはどうしてそんな平気な様子をしていられるのです」
宇平のこの詞を、叔父は非常な注意の集中を以《もっ》て聞いていた。「そうか。そう思うのか。よく聴《き》けよ。それは武運が拙《つたな》くて、神にも仏にも見放されたら、お前の云う通だろう。人間はそうしたものではない。腰が起《た》てば歩いて捜す。病気になれば寝ていて待つ。神仏《しんぶつ》の加護があれば敵にはいつか逢われる。歩いて行き合うかも知れぬが、寝ている所へ来るかも知れぬ」
宇平の口角には微《かす》かな、嘲《あざけ》るような微笑が閃《ひらめ》いた。「おじさん。あなたは神や仏が本当に助けてくれるものだと思っていますか」
九郎右衛門は物に動ぜぬ男なのに、これを聞いた時には一種の気味悪さを感じた。「うん。それは分からん。分からんのが神仏《かみほとけ》だ」
宇平の態度は不思議に恬然《てんぜん》としていて、いつもの興奮の状態とは違っている。「そうでしょう。神仏《かみほとけ》は分からぬものです。実はわたしはもう今までしたような事を罷《や》めて、わたしの勝手にしようかと思っています」
九郎右衛門の
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