に駆け附けたのは、泊番の徒目附《かちめつけ》であった。次いで目附が来る。大目附が来る。本締《もとじめ》が来る。医師を呼びに遣《や》る。三右衛門の妻子のいる蠣殻町《かきがらちょう》の中邸《なかやしき》へ使が走って行く。
 三右衛門は精神が慥《たしか》で、役人等に問われて、はっきりした返事をした。自分には意趣遺恨を受ける覚《おぼえ》は無い。白紙の手紙を持って来て切って掛かった男は、顔を知って名を知らぬ表小使である。多分金銀に望《のぞみ》を繋《か》けたものであろう。家督相続の事を宜《よろ》しく頼む。敵《かたき》を討ってくれるように、伜に言って貰《もら》いたいと云うのである。その間三右衛門は「残念だ、残念だ」と度々《たびたび》繰り返して云った。
 現場《げんば》に落ちていた刀は、二三日前作事の方に勤めていた五瀬某が、詰所《つめしょ》に掛けて置いたのを盗まれた品であった。門番を調べてみれば、卯刻《うのこく》過に表小使|亀蔵《かめぞう》と云うものが、急用のお使だと云って通用門を出たと云うことである。亀蔵は神田久右衛門町《かんだきゅうえもんちょう》代地の仲間口入宿《ちゅうげんくちいれやど》富士屋治三
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