意を遂げるまでは立ち寄らぬのである。それから備前国《びぜんのくに》に入り、岡山を経て、下山《しもやま》から六月十六日の夜舟に乗って、いよいよ四国へ渡った。松坂以来九郎右衛門の捜索|方鍼《ほうしん》に対して、稍《やや》不満らしい気色を見せながら、つまりは意志の堅固な、機嫌に浮沈《うきしずみ》のない叔父に威圧せられて、附いて歩いていた宇平が、この時急に活気を生じて、船中で夜の更《ふ》けるまで話し続けた。
 十六日の朝舟は讃岐国丸亀《さぬきのくにまるがめ》に着いた。文吉に松尾を尋ねさせて置いて、二人は象頭山《ぞうずさん》へ祈願に登った。すると参籠人《さんろうにん》が丸亀で一癖ありげな、他所者《たしょもの》の若い僧を見たと云う話をした。宇平はもう敵を見附けたような気になって、亥《い》の刻に山を下った。丸亀に帰って、文吉を松尾から呼んで僧を見させたが、それは別人であった。
 伊予国《いよのくに》の銅山は諸国の悪者の集まる所だと聞いて、一行は銅山を二日捜した。それから西条に二日、小春《こはる》、今治《いまばり》に二日いて、松山から道後の温泉に出た。ここへ来るまでに、暑《あつさ》を侵《おか》して旅行
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