らんようになったから感心だ。」
「全くお蔭《かげ》を持ちまして心得違を致しませんものですから、凱旋《がいせん》いたしますまで、どの位肩身が広かったか知れません。大連《だいれん》でみんなが背嚢《はいのう》を調べられましたときも、銀の簪《かんざし》が出たり、女の着物が出たりして恥を掻く中で、わたくしだけは大息張《おおいばり》でござりました。あの金州《きんしゅう》の鶏なんぞは、ちゃんが、ほい、又お叱を受け損う処でござりました、支那人が逃げた跡に、卵を抱いていたので、主《ぬし》はないのだと申しますのに、そんならその主のない家に持って行って置いて来いと仰《おっし》ゃったのには、実に驚きましたのでござります。」
「はははは。己は頑固だからなあ。」
「どう致しまして。あれがわたくしの一生の教訓になりましたのでござりました。もうお暇《いとま》を致します。
「泊まって行かんか。己の内は戦地と同じで御馳走はないが。」
「奥様はいらっしゃりませんか。」
「妻《さい》は此間《こないだ》死んだ。」
「へえ。それはどうも。」
「島村が知っているが、まるで戦地のような暮らしを遣っているのだ。」
「それは御不自由でい
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