を苦に病んでいて、自分のいる時に持って来たのは大抵受け取らない。
 或日帰って見ると、島村と押問答をしているものがある。相手は百姓らしい風体《ふうてい》の男である。見れば鶏の生きたのを一羽持っている。その男が、石田を見ると、にこにこして傍《そば》へ寄って来て、こう云った。
「少佐殿。お見忘になりましたか知れませんが、戦地でお世話になった輜重輸卒《しちょうゆそつ》の麻生《あそう》でござります。」
「うむ。軍司令部にいた麻生か。」
「はい。」
「どうして来た。」
「予備役になりまして帰っております。内は大里《だいり》でございます。少佐殿におなりになって、こちらへお出《いで》だということを聞きましたので、御機嫌|伺《うかがい》に参りました。これは沢山飼っております内の一羽でござりますが、丁度好い頃のでござりますから、持って上りました。」
「ふむ。立派な鳥だなあ。それは徴発ではあるまいな。」
 麻生は五分刈の頭を掻《か》いた。
「恐れ入ります。ついみんなが徴発徴発と申すもんでござりますから、ああいうことを申しましてお叱《しかり》を受けました。」
「それでも貴様はあれきり、支那《シナ》人の物を取
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