らっしゃりましょう。つまらないことを申し上げて、お召替のお邪魔を致しました。これでお暇を致します。」
麻生は鶏を島村に渡して、鞋《わらじ》をびちゃびちゃ言わせて帰って行った。
石田は長靴を脱いで上がる。雨覆を脱いで島村にわたす。島村は雨覆と靴を持って勝手へ行く。石田は西の詰の間に這入って、床の間の前に往って、帽をそこに据えてある将校|行李《こうり》の上に置く。軍刀を床の間に横に置く。これを初て来た日に、お時婆あさんが床の壁に立て掛けて、叱られたのである。立てた物は倒れることがある。倒れれば刀《とう》が傷む。壁にも痍《きず》が附くかも知れないというのである。
床の間の前には、子供が手習に使うような机が据えてある。その前に毛布が畳んで敷いてある。石田は夏衣袴《なついこ》のままで毛布の上に胡坐《あぐら》を掻いた。そこへ勝手から婆あさんが出て来た。
「鳥はどうしなさりまするかの。」
「飯《めし》の菜《さい》がないのか。」
「茄子《なす》に隠元豆《いんげんまめ》が煮えておりまするが。」
「それで好《い》い。」
「鳥は。」
「鳥は生かして置け。」
「はい。」
婆あさんは腹の中で、相変らず吝
前へ
次へ
全43ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング