嗇《けち》な人だと思った。この婆あさんの観察した処では、石田に二つの性質がある。一つは吝嗇である。肴《さかな》は長浜の女が盤台《はんだい》を頭の上に載せて売りに来るのであるが、まだ小鯛《こだい》を一度しか買わない。野菜が旨《うま》いというので、胡瓜《きゅうり》や茄子ばかり食っている。酒はまるで呑《の》まない。菓子は一度買って来いと云われて、名物の鶴の子を買って来た処が、「まずいなあ」と云いながら皆平《たいら》げてしまって、それきり買って来いと云わない。今一つは馬鹿だということである。物の直段《ねだん》が分らない。いくらと云っても黙って払う。人が土産を持って来るのを一々返しに遣る。婆あさんは先ずこれだけの観察をしているのである。
婆あさんが立つとき、石田は「湯が取ってあるか」と云った。「はい」と云って、婆あさんは勝手へ引込んだ。
石田は、裏側の詰の間に出る。ここには水指《みずさし》と漱茶碗《うがいちゃわん》と湯を取った金盥《かなだらい》とバケツとが置いてある。これは初の日から極めてあるので、朝晩とも同じである。
石田は先ず楊枝《ようじ》を使う。漱をする。湯で顔を洗う。石鹸《せっけん
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