二三日立って引き越した。
横浜から舟に載せた馬も着いていたので、別当に引き入れさせた。
勝手道具を買う。膳椀《ぜんわん》を買う。蚊帳《かや》を買う。買いに行くのは従卒の島村である。
家主はまめな爺さんで、来ていろいろ世話を焼いてくれる。膳椀を買うとき、爺さんが問うた。
「何人前いりまするかの。」
「二人前です。」
「下《しも》のもののはいりませんかの。」
「僕のと下女のとで二人前です。従卒は隊で食います。別当も自分で遣《や》るのです。」
蚊帳は自分のと下女のと別当のと三張《みはり》買った。その時も爺さんが問うた。
「布団はいりませんかの。」
「毛布があります。」
万事こんな風である。それでも五十円程掛かった。
女中を傭《やと》うというので、宿屋の達見のお上さんが口入屋《くちいれや》の上さんをよこしてくれた。石田は婆あさんを置きたいという注文をした。時という五十ばかりの婆あさんが来た。夫婦で小学校の教員の弁当をこしらえているもので、その婆あさんの方が来てくれたのだそうだ。不思議に饒舌《しゃべ》らない。黙って台所をしてくれる。
二三日立った。毎日雨は降ったり歇《や》んだりして
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