B襪《たび》はだしもあるが、多くは素足である。女で印袢纏《しるしばんてん》に三尺帯を締めて、股引《ももひき》を穿《は》かずにいるものもある。口々に口説《くどき》というものを歌って、「えとさっさ」と囃《はや》す。好《よ》いとさの訛《なまり》であろう。石田は暫く見ていて帰った。
雛は日にまし大きくなる。初のうち油断なく庇《かば》っていた親鳥も、大きくなるに連れて構わなくなる。石田は雛を畳の上に持って来て米を遣る。段々馴れて手掌《てのひら》に載せた米を啄《ついば》むようになる。又少し日が立って、石田が役所から帰って机の前に据わると、庭に遊んでいたのが、走って縁に上って来て、鶴嘴《つるはし》を使うような工合に首を sagittale の方向に規則正しく振り動かして、膝の傍《そば》に寄るようになる。石田は毎日役所から帰掛《かえりがけ》に、内が近くなると、雛の事を思い出すのである。
八月の末に、師団長は湯治場《とうじば》から帰られた。暑中休暇も残少なになった。二十九日には、土地のものが皆地蔵様へ詣《まい》るというので、石田も寺町へ往って見た。地蔵堂の前に盆燈籠の破れたのを懸け並べて、その真中に
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