チて歩く。翌日になって見ると、五色の紙に物を書いて、竹の枝に結び附けたのが、家毎《いえごと》に立ててある。小倉にはまだ乞巧奠《きこうでん》の風俗が、一般に残っているのである。十五六日になると、「竹の花立《はなたて》はいりませんかな」と云って売って歩く。盂蘭盆《うらぼん》が近いからである。
 十八日が陰暦の七月十三日である。百日紅の花の上に、雨が降ったり止んだりしている。向いの糸車は、相変らず鳴っているが、蝉の声は少しとぎれる。おりおり生垣の外を、跣足《はだし》の子供が、「花柴《はなしば》々々」と呼びながら、走って通る。樒《しきみ》を売るのである。雨の歇《や》んでいる間は、ひどく蒸暑い。石田はこの夏中で一番暑い日のように感じた。翌日もやはり雨が降ったり止んだりして蒸暑い。夕方に町に出てみると、どの家にも盆燈籠《ぼんどうろう》が点《とも》してある。中には二階を開け放して、数十の大燈籠を天井に隙間なく懸けている家がある。長浜村まで出てみれば、盆踊が始まっている。浜の砂の上に大きな圏《わ》を作って踊る。男も女も、手拭の頬冠《ほおかむり》をして、着物の裾を片折《はしょ》って帯に挟《はさ》んでいる
前へ 次へ
全43ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング