ヤらぶらと出掛ける。初のうちは小倉《こくら》の町を知ろうと思って、ぐるぐる廻った。南の方は馬借から北方《きたかた》の果まで、北方には特科隊が置いてあるので、好く知っている。そこで東の方へ、舟を砂の上に引き上げてある長浜の漁師村のはずれまで歩く。西の方へ、道普請に使う石炭屑が段々少くなって、天然の砂の現れて来る町を、西|鍛冶屋《かじや》町のはずれまで歩く。しまいには紫川の東の川口で、旭町《あさひまち》という遊廓《ゆうかく》の裏手になっている、お台場の址《あと》が涼むには一番好いと極めて、材木の積んであるのに腰を掛けて、夕凪の蒸暑い盛を過すことにした。そんな時には、今度東京に行ったら、三本足の床几《しょうぎ》を買って来て、ここへ持って来ようなんぞと思っている。
孵《か》えた雛《ひよこ》は雌であった。至極丈夫で、見る見る大きくなる。大きくなるに連れて、羽の色が黒くなる。十日ばかりで全身真黒になってしまった。まるで鴉《からす》の子のようである。石田が掴《つか》まえようとすると、親鳥が鳴くので、石田は止《や》めてしまう。
十一日は陰暦の七夕《たなばた》の前日である。「笹《ささ》は好しか」と云
前へ
次へ
全43ページ中36ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング