ネるたけ鳥を伏籠に伏せて置くようにしろと言い付けた。その時婆あさんは声を低うしてこういうことを言った。主人の買って来た、白い牝鶏が今朝は卵を抱いている。別当も白い牝鶏の抱いているのを、外の牝鶏が生んだのだとは言いにくいと見えて黙っている。卵をたった一つ孵《かえ》させるのは無駄だから、取って来ようかと云うのである。石田は、「抱いているなら構わずに抱かせて置け」と云った。
石田は飯を済ませてから、勝手へ出て見た。まだ縁の下の鳥屋《とや》の出来ない内に寝かしたことのある、台所の土間の上の棚が藁《わら》を布《し》いたままになっていた。白い牝鶏はその上に上がっている。常からむくむくした鳥であるのが、羽を立てて体をふくらまして、いつもの二倍位の大《おおき》さになって、首だけ動かしてあちこちを見ている。茶碗を洗っていた婆あさんが来て鳥の横腹をつつく。鳥は声を立てる。石田は婆あさんの方を見て云った。
「どうするのだ。」
「旦那さんに玉子を見せて上ぎょうと思いまして。」
「廃《よ》せ。見んでも好い。」
石田は思い出したように、婆あさんにこう云うことを問うた。世帯を持つとき、桝《ます》を買った筈だが、
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