そく正装に着更《きか》えて司令部へ出た。その頃は申告の為方《しかた》なんぞは極《き》まっていなかったが、廉《かど》あって上官に謁《えっ》する時というので、着任の挨拶は正装ですることになっていた。
翌日も雨が降っている。鍛冶《かじ》町に借家があるというのを見に行く。砂地であるのに、道普請に石灰|屑《くず》を使うので、薄墨色の水が町を流れている。
借家は町の南側になっている。生垣で囲んだ、相応な屋敷である。庭には石灰屑を敷かないので、綺麗《きれい》な砂が降るだけの雨を皆吸い込んで、濡れたとも見えずにいる。真中に大きな百日紅《さるすべり》の木がある。垣の方に寄って夾竹桃《きょうちくとう》が五六本立っている。
車から降りるのを見ていたと見えて、家主が出て来て案内をする。渋紙《しぶがみ》色の顔をした、萎《しな》びた爺《じい》さんである。
石田は防水布の雨覆《あまおおい》を脱いで、門口を這入《はい》って、脱いだ雨覆を裏返して巻いて縁端《えんばな》に置こうとすると、爺さんが手に取った。石田は縁を濡らさない用心かと思いながら、爺さんの顔を見た。爺さんは言訣《いいわけ》のように、この辺《へん》は
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