らない。川卯《かわう》という家で飯を焚《た》かせて食う。夜が明けてから、大尉は走り廻って、切符の世話やら荷物の世話やらしてくれる。
汽車の窓からは、崖《がけ》の上にぴっしり立て並べてある小家が見える。どの家も戸を開《あ》け放して、女や子供が殆《ほとん》ど裸でいる。中には丁度朝飯を食っている家もある。仲為《なかし》のような為事《しごと》をする労働者の家だと士官が話して聞せた。
田圃《たんぼ》の中に出る。稲の植附はもう済んでいる。おりおり蓑《みの》を着て手籠《たご》を担いで畔道《あぜみち》をあるいている農夫が見える。
段々小倉が近くなって来る。最初に見える人家は旭町《あさひまち》の遊廓《ゆうかく》である。どの家にも二階の欄干に赤い布団が掛けてある。こんな日に干すのでもあるまい。毎日降るのだから、こうして曝《さら》すのであろう。
がらがらと音がして、汽車が紫川《むらさきがわ》の鉄道橋を渡ると、間もなく小倉の停車場に着く。参謀長を始め、大勢の出迎人がある。一同にそこそこに挨拶をして、室町《むろまち》の達見《たつみ》という宿屋にはいった。
隊から来ている従卒に手伝って貰って、石田はさっ
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