てみた。
停車場へ出掛けた。首尾よく不喫烟室に乗り込むまではよかったが、おれはそこで捕縛せられた。
おれは五時間の予審を受けた。何もかも白状した。しかし裁判官達には、おれがなぜそんな事をしたか分からない。
「襟だって価のある物品ではありませんか」と、裁判官も検事も云うのである。
「あいつはわたくしを滅亡させたのです。わたくしの生涯を破壊したのです。あいつが最初電車から飛び下りて、わたくしを追いかけて、あの包みを渡しさえしなかったら。」
「しかし誰でもあの男の場合に出合ったら、あの男と同じ行為に出でたでしょう。どうも外に為様《しよう》はないじゃありませんか。一体被告の申立ては法廷を嘲弄しているものと認めます」と、裁判官達は云った。
おれは死刑を宣告せられた。それから法廷を侮辱した科《とが》によって、同時に罰金二十マルクに処せられた。
「被告の所有者たる襟は没収する限りでないから、一応被告に下げ渡します」と、裁判長が云った。「あの差押えた品を渡せ」と云うや否や、押丁《おうてい》はおれに例の紙包みを持って来て渡した。
その時おれは気を失った。それから醒覚したのは、監獄の部屋の中であっ
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