た。夜である。おれの傍には卓があって、その上に襟の包みが載っている。
 明日はおれは処刑を受ける。おれはヨオロッパのために死ぬる。ヨオロッパの平和のために死ぬる。国家の行政のために死ぬる。文化のために死ぬる。
 襟は遺言をもって検事に贈る。どうとも勝手にするがいい。
 故郷を離れて死ぬるのはせつない。涙が翻《こぼ》れて、もうあとは書けない。さらばよ。我がロシア。

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附言。本文中二箇所の字句を改刪《かいさん》してある。これは諷刺の意を誤解せられては差支えるので、故意に原文に従わなかったのである。誤訳ではない。
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底本:「諸国物語(上)」ちくま文庫、筑摩書房
   1991(平成3)年12月4日第1刷発行
底本の親本:「鴎外全集」岩波書店
   1971(昭和46)年11月〜1975(昭和50)年6月
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2007年12月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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