木は貴《とうと》からずとも、この方《ほう》が求め参れと申しつけたる珍品《ちんぴん》に相違なければ大切と心得候事当然なり、総て功利の念を以《もっ》て物を視《み》候《そうら》わば、世の中に尊《とうと》き物は無くなるべし、ましてやその方が持ち帰り候伽羅は早速|焚《た》き試み候に、希代《きたい》の名木なれば「聞く度に珍らしければ郭公《ほととぎす》いつも初音《はつね》の心地《ここち》こそすれ」と申す古歌に本《もと》づき、銘を初音とつけたり、かほどの品を求め帰り候事|天晴《あっぱれ》なり、ただし討《う》たれ候《そろ》横田清兵衛が子孫|遺恨《いこん》を含《ふく》みいては相成らずと仰せられ候。かくて直ちに清兵衛が嫡子を召され、御前において盃《さかずき》を申付けられ、某は彼者《かのもの》と互に意趣を存ずまじき旨《むね》誓言《せいごん》いたし候。しかるに横田家の者どもとかく異志を存する由相聞え、ついに筑前国《ちくぜんのくに》へ罷越《まかりこ》し候《そろ》。某へは三斎公御名|忠興《ただおき》の興《おき》の字を賜《たま》わり、沖津を興津と相改め候《そろ》様《よう》御沙汰《ごさた》有之候。
 これより二年目、寛
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