不相応なる価《あたい》をいださんとせらるるは若輩《じゃくはい》の心得ちがいなりと申候。某申候は、武具と香木との相違は某若輩ながら心得居る、泰勝院殿《たいしょういんでん》の御代《おんだい》に、蒲生《がもう》殿申され候《そろ》は、細川家には結構なる御道具あまた有之《これある》由《よし》なれば拝見に罷出《まかりい》ずべしとの事なり、さて約束せられし当日に相成り、蒲生殿参られ候《そろ》に、泰勝院殿は甲冑《かっちゅう》刀剣|弓《ゆみ》鎗《やり》の類を陳《つら》ねて御見せなされ、蒲生殿意外に思《おぼ》されながら、一応御覧あり、さて実は茶器拝見致したく参上したる次第なりと申され、泰勝院殿御笑いなされ、先きには道具と仰《おお》せられ候故、武家の表道具を御覧に入れたり、茶器ならば、それも少々持合せ候とて、はじめて御取《おんと》り出《いだ》しなされし由、御当家におかせられては、代々武道の御心掛深くおわしまし、かたがた歌道茶事までも堪能《たんのう》に渡らせらるるが、天下に比類なき所ならずや、茶儀は無用の虚礼なりと申さば、国家の大礼、先祖の祭祀《さいし》も総《すべ》て虚礼なるべし、我等《われら》この度《たび》
前へ 次へ
全22ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング