御賞美を被《こうむ》り、御当家の誉と相成り候事、存じ寄らざる仕合せと存じ、落涙候事に候。
さりながら一旦切腹と思定め候|某《それがし》、竊《ひそか》に時節を相待ちおり候ところ、御隠居《ごいんきょ》松向寺殿は申に及ばず、その頃の御当主妙解院殿よりも出格の御引立を蒙《こうむ》り、寛永九年御|国替《くにがえ》の砌《みぎり》には、松向寺殿の御居城|八代《やつしろ》に相詰め候事と相成り、あまつさえ殿御上京の御供にさえ召具《めしぐ》せられ、繁務に逐《お》われ、空《むな》しく月日を相送り候。その内《うち》寛永十四年|嶋原征伐《しまばらせいばつ》と相成り候|故《ゆえ》松向寺殿に御暇相願い、妙解院殿の御|旗下《はたもと》に加わり、戦場にて一命相果たし申すべき所存《しょぞん》のところ、御当主の御武運強く、逆徒《ぎゃくと》の魁首《かいしゅ》天草四郎時貞を御討取遊ばされ、物数《ものかず》ならぬ某《それがし》まで恩賞に預り、宿望相遂げず、余命を生延《いきの》び候《そろ》。
然《しか》るところ寛永十八年妙解院殿存じ寄《よ》らざる御病気にて、御父上に先立ち、御|逝去《せいきょ》遊ばされ、肥後守殿の御代と相成り候。ついで正保《しょうほう》二年松向寺殿も御逝去遊ばされ、これより先き寛永十三年には、同じ香木の本末を分けて珍重《ちんちょう》なされ候仙台中納言殿さえ、少林城《わかばやしじょう》において御逝去なされ候。かの末木の香は、「世の中の憂きを身に積む柴舟《しばふね》やたかぬ先よりこがれ行らん」と申す歌の心にて、柴舟と銘し、御珍蔵なされ候由に候。その後肥後守は御年三十一歳にて、慶安二年|俄《にわか》に御逝去遊ばされ候。御臨終の砌《みぎり》、嫡子《ちゃくし》六|丸《まる》殿御幼少なれば、大国の領主たらんこと覚束《おぼつか》なく思召され、領地御返上なされたき由、上様《うえさま》へ申上げられ候処、泰勝院殿以来の忠勤を思召され、七歳の六丸殿へ本領|安堵《あんど》仰附けられ候。
某《それがし》は当時|退隠《たいいん》相願い、隈本《くまもと》を引払い、当地へ罷越《まかりこし》候えども、六丸殿の御事《おんこと》心に懸《か》かり、せめては御|元服《げんぷく》遊ばされ候まで、よそながら御安泰を祈念《きねん》致したく、不識不知《しらずしらず》あまたの幾月を相過《あいすご》し候。
然るところ去《さる》承応二年六丸殿は未だ十一歳におわしながら、越中守に御成り遊ばされ、御|名告《なのり》も綱利《つなとし》と賜わり、上様の御覚《おんおぼえ》目出たき由消息有之、かげながら雀躍《じゃくやく》候事に候。
最早某が心に懸かり候事|毫末《ごうまつ》も無之、ただただ老病にて相果て候が残念に有之、今年今月今日殊に御恩顧を蒙《こうむ》り候松向寺殿の十三回忌を待得《まちえ》候《そろ》て、遅ればせに御跡を奉慕《したいたてまつり》候。殉死は国家の御|制禁《せいきん》なる事、篤《とく》と承知候えども壮年の頃相役を討ちし某が死遅れ候|迄《まで》なれば、御|咎《とがめ》も無之かと存じ候。
某|平生《へいぜい》朋友等無之候えども、大徳寺|清宕和尚《せいとうおしょう》は年来|入懇《じっこん》に致しおり候えば、この遺書|国許《くにもと》へ御遣《おんつか》わし下され候《そろ》前に、御見せ下されたく、近郷《きんごう》の方々《かたがた》へ頼入り候。
この遺書蝋燭の下にて認《したた》めおり候ところ、只今燃尽き候。最早|新《あらた》に燭火を点《ともし》候にも及ばず、窓の雪明りにて、皺腹《しわばら》掻切《かっきり》候ほどの事は出来申すべく候。
万治元|戊戌年《つちのえいぬのとし》十二月二日
[#地から2字上げ]興津弥五右衛門|華押《かおう》
皆々様
この擬書《ぎしょ》は翁草《おきなぐさ》に拠って作ったのであるが、その外《ほか》は手近にある徳川実記(紀)と野史《やし》とを参考したに過ぎない。皆|活板本《かっぱんほん》で実記(紀)は続国史大系本である。翁草に興津が殉死《じゅんし》したのは三斎の三回|忌《き》だとしてある。しかし同時にそれを万治《まんじ》寛文《かんぶん》の頃としてあるのを見れば、これは何かの誤でなくてはならない。三斎の歿年《ぼつねん》から推《お》せば、三回忌は慶安元年になるからである。そこで改めて万治元年十三回忌とした。興津が長崎に往《い》ったのは、いつだか分からない。しかし初音《はつね》の香《こう》を二条行幸の時、後水尾《ごみずお》天皇に上《たてまつ》ったと云ってあるから、その行幸のあった寛永三年より前でなくてはならない。しかるに興津は香木《こうぼく》を隈本《くまもと》へ持って帰ったと云ってある。細川忠利が隈本城主になったのは寛永九年だから、これも年代が相違している。そこで丁度《ちょうど》二
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