これまで自分の胸の中《うち》に眠っていた或る物が醒覚《せいかく》したような、これまで人にたよっていた自分が、思い掛けず独立したような気になって、お玉は不忍の池の畔《ほとり》を、晴やかな顔をして歩いている。
 もう上野の山をだいぶはずれた日がくわっと照って、中島の弁天の社《やしろ》を真っ赤に染めているのに、お玉は持って来た、小さい蝙蝠《こうもり》をも挿《さ》さずに歩いているのである。

     拾弐《じゅうに》

 或る晩末造が無縁坂から帰って見ると、お上さんがもう子供を寝かして、自分だけ起きていた。いつも子供が寝ると、自分も一しょに横になっているのが、その晩は据わって俯向《うつむき》加減になっていて、末造が蚊屋《かや》の中に這入って来たのを知っていながら、振り向いても見ない。
 末造の床は一番奥の壁際に、少し離して取ってある。その枕元には座布団が敷いて、烟草盆と茶道具とが置いてある。末造は座布団の上に据わって、烟草を吸い附けながら、優しい声で云った。
「どうしたのだ。まだ寐《ね》ないでいるね」
 お上さんは黙っている。
 末造も再び譲歩しようとはしない。こっちから媾和《こうわ》を持ち
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