しをして教えてくれたのである。見れば、なる程立派な構《かまえ》で、高い土塀の外廻に、殺竹《そぎだけ》が斜《ななめ》に打ち附けてある。福地さんと云う、えらい学者の家だと聞いた、隣の方は、広いことは広いが、建物も古く、こっちの家に比べると、けばけばしい所と厳《いか》めしげな所とがない。暫く立ち留まって、昼も厳重に締め切ってある、白木造の裏門の扉を見ていたが、あの内へ這入って見たいと思う心は起らなかった。しかし何をどう思うでもなく、一種のはかない、寂しい感じに襲われて、暫く茫然《ぼうぜん》としていた。詞にあらわして言ったら、落ちぶれて娘を妾《めかけ》に出した親の感じとでも云うより外あるまい。
とうとう一週間立っても、まだ娘は来なかった。恋しい、恋しいと思う念が、内攻するように奥深く潜んで、あいつ楽な身の上になって、親の事を忘れたのではあるまいかと云う疑《うたがい》が頭を擡《もた》げて来る。この疑は仮に故意に起して見て、それを弄《もてあそ》んでいるとでも云うべき、極めて淡いもので、疑いは疑いながら、どうも娘を憎く思われない。丁度人に対して物を言う時に用いる反語のように、いっそ娘が憎くなったら
前へ
次へ
全167ページ中46ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング