かった。それがお玉に目見えをさせると云うことになって、ふいと晴がましい、solennel《ソランネル》 な心持になって、目見えは松源にしようと云い出したのである。
さていよいよ目見えをさせようとなった時、避くべからざる問題が出来た。それはお玉さんの支度である。お玉さんのばかりなら好《い》いが、爺いさんの支度までして遣らなくてはならないことになった。これには中に立って口を利いた婆あさんも頗《すこぶ》る窮したが、爺いさんの云うことは娘が一も二もなく同意するので、それを強いて抑えようとすると、根本的に談判が破裂しないにも限らぬと云う状況になったから為方がない。爺いさんの申分はざっとこうであった。「お玉はわたしの大事な一人娘で、それも余所《よそ》の一人娘とは違って、わたしの身よりと云うものは、あれより外には一人もない。わたしは亡くなった女房一人をたよりにして、寂しい生涯を送ったものだが、その女房が三十を越しての初産《ういざん》でお玉を生んで置いて、とうとうそれが病附《やみつき》で亡くなった。貰乳《もらいちち》をして育てていると、やっと四月《よつき》ばかりになった時、江戸中に流行《はや》った麻
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