馳騁《ちへい》して、底止する所を知らない。かれこれするうち、想像が切れ切れになって、白い肌がちらつく。※[#「口+耳」、第3水準1−14−94]《ささや》きが聞える。末造は好い心持に寐入ってしまった。傍に上さんは相変らず鼾をしている。
陸《ろく》
松源の目見えと云うのは、末造が為めには一《いつ》の 〔fe^te〕《フェエト》 であった。一口に爪に火を点《とも》すなどとは云うが、金を溜《た》める人にはいろいろある。細かい所に気を附けて、塵紙《ちりがみ》を二つに切って置いて使ったり、用事を葉書で済ますために、顕微鏡がなくては読まれぬような字を書いたりするのは、どの人にも共通している性質だろうが、それを絶待的に自己の生活の全範囲に及ぼして、真に爪に火を点《とぼ》す人と、どこかに一つ穴を開けて、息を抜くようにしている人とがある。これまで小説に書かれたり、芝居に為組《しく》まれたりしている守銭奴は、殆ど絶待的な奴ばかりのようである。活《い》きた、金を溜める男には、実際そうでないのが多い。吝《けち》な癖に、女には目がないとか、不思議に食奢《くいおごり》だけはするとか云うのがそれであ
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