何かを膝《ひざ》にのっけて、さびしがって待っていやがるだろうなあ。勿論お作りをして待っているのだ。着物なんぞはどうでもして遣《や》る。待てよ。馬鹿な銭を使ってはならないぞ。質流れにだって、立派なものがある。女一人に着物や頭の物の贅沢《ぜいたく》をさせるには、世間の奴のするような、馬鹿を尽さなくても好い。隣の福地さんなんぞは、己の内より大きな構《かまえ》をしていて、数寄屋町《すきやまち》の芸者を連れて、池の端をぶら附いて、書生さんを羨《うらや》ましがらせて、好い気になっていなさるが、内証は火の車だ。学者が聞いてあきれらあ。筆尖《ふでさき》で旨《うま》い事をすりゃあ、お店《たな》ものだってお払箱にならあ。おう、そうそう。お玉は三味線が弾けたっけ。爪弾《つめびき》で心意気でも聞かせてくれるようだと好いが、巡査の上さんになったより外に世間を知らずにいるのだから、駄目だろうなあ。お笑いなさるからいやだわとか、なんとか云って、弾けと云っても、なかなか弾かないだろうて。ほんになんに附けても、はにかみやあがるだろう。顔を赤くしてもじもじするに違いない。己が始て行った晩には、どうするだろう」空想は縦横に
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