てあった屋台が、夜通って見てもなくなった。いつもひっそりしていた家とその周囲とへ、当時の流行語で言うと、開化と云うものが襲ってでも来たのか、半分こわれて、半分はね返っていたどぶ板が張り替えられたり、入口の模様替《もようがえ》が出来て、新しい格子戸が立てられたりした。或る時入口に靴の脱いであるのを見た。それから間もなく、この家の戸口に新しい標札が打たれたのを見ると、巡査何の何某《なにがし》と書いてあった。末造は松永町から、仲徒町《なかおかちまち》へ掛けて、色々な買物をして廻る間に、又探るともなしに、飴屋の爺《じ》いさんの内へ壻入《むこいり》のあった事を慥めた。標札にあった巡査がその壻なのである。お玉を目の球よりも大切にしていた爺いさんは、こわい顔のおまわりさんに娘を渡すのを、天狗《てんぐ》にでも撈《さら》われるように思い、その壻殿が自分の内へ這入り込んで来るのを、この上もなく窮屈に思って、平生心安くする誰彼《たれかれ》に相談したが、一人もことわってしまえとはっきり云ってくれるものがなかった。それ見た事か。こっちとらが宜《い》い所へ世話をしようと云うのに、一人娘だから出されぬのなんのと、面
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