倒な事を言っていて、とうとうそんなことわり憎い壻さんが来るようになったと云うものもある。お前方の方で厭《いや》なのなら、遠い所へでも越すより外あるまいが、相手がおまわりさんで見ると、すぐにどこへ越したと云うことを調べて、その先へ掛け合うだろうから、どうも逃げ果《おお》せることは出来まいと、威《おど》すように云うものもある。中にも一番物分かりの好いと云う評判のお上さんの話がこうだ。「あの子はあんな好《い》い器量で、お師匠さんも芸が出来そうだと云って褒めてお出《いで》だから、早く芸者の下地子《したじっこ》にお出しと、わたしがそう云ったじゃありませんか。一人もののおまわりさんと来た日には、一軒一軒見て廻るのだから、子柄の好いのを内に置くと、いやおうなしに連れて行ってしまいなさる。どうもそう云う方に見込まれたのは、不運だとあきらめるより外、為方《しかた》がないね」と云うような事を言ったそうだ。末造がこの噂を聞いてから、やっと三月ばかりも立った頃であっただろう。飴細工屋の爺いさんの家に、或る朝戸が締まっていて、戸に「貸屋差配松永町西のはずれにあり」と書いて張ってあった。そこで又近所の噂を、買物の
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