ヨ二三軒目の小家《こいえ》に、ついこの頃「川魚」と云う看板を掛けたのがある。僕はそれを見て云った。「この看板を見ると、なんだか不忍の池の肴を食わせそうに見えるなあ」
「僕もそう思った。しかしまさか梁山泊《りょうざんぱく》の豪傑が店を出したと云うわけでもあるまい」
 こんな話をして、池の北の方へ往く小橋を渡った。すると、岸の上に立って何か見ている学生らしい青年がいた。それが二人の近づくのを見て、「やあ」と声を掛けた。柔術に凝っていて、学科の外の本は一切読まぬと云う性《たち》だから、岡田も僕も親しくはせぬが、そうかと云って嫌ってもいぬ石原と云う男である。
「こんな所に立って何を見ていたのだ」と、僕が問うた。
 石原は黙って池の方を指ざした。岡田も僕も、灰色に濁った夕《ゆうべ》の空気を透かして、指ざす方角を見た。その頃は根津に通ずる小溝《こみぞ》から、今三人の立っている汀《みぎわ》まで、一面に葦《あし》が茂っていた。その葦の枯葉が池の中心に向って次第に疎《まばら》になって、只|枯蓮《かれはす》の襤褸《ぼろ》のような葉、海綿のような房《ぼう》が碁布《きふ》せられ、葉や房の茎は、種々の高さに折れ
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