lの好い女で、余所行《よそゆき》の時に結いに往けと云って、紹介して置いてくれたのに、これまでまだ一度も往かなかった内なのである。

     弐拾弐《にじゅうに》

 西洋の子供の読む本に、釘《くぎ》一本と云う話がある。僕は好くは記憶していぬが、なんでも車の輪の釘が一本抜けていたために、それに乗って出た百姓の息子が種々の難儀に出会うと云う筋であった。僕のし掛けたこの話では、青魚《さば》の未醤煮《みそに》が丁度釘一本と同じ効果をなすのである。
 僕は下宿屋や学校の寄宿舎の「まかない」に饑《うえ》を凌《しの》いでいるうちに、身の毛の弥立《よだ》つ程厭な菜が出来た。どんな風通しの好《い》い座敷で、どんな清潔な膳の上に載せて出されようとも、僕の目が一たびその菜を見ると、僕の鼻は名状すべからざる寄宿舎の食堂の臭気を嗅《か》ぐ。煮肴《にざかな》に羊栖菜《ひじき》や相良麩《さがらぶ》が附けてあると、もうそろそろこの嗅覚《きゅうかく》の hallucination《アリュシナション》 が起り掛かる。そしてそれが青魚の未醤煮に至って窮極の程度に達する。
 然るにその青魚の未醤煮が或日《あるひ》上条の晩飯
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