「からと云って、篠竹《しのだけ》を沢山買って来て、女郎花《おみなえし》やら藤袴《ふじばかま》やらに一本一本それを立て副《そ》えて縛っていた。しかし二百十日は無事に過ぎてしまった。それから二百二十日があぶないと云っていたが、それも無事に過ぎた。しかしその頃から毎日毎日雲のたたずまいが不穏になって、暴模様《あれもよう》が見える。折々又夏に戻ったかと思うような蒸暑いことがある。巽《たつみ》から吹く風が強くなりそうになっては又|歇《や》む。父は二百十日が「なしくずし」になったのだと云っていた。
 僕は或る日曜日の夕方に、北千住から上条へ帰って来た。書生は皆外へ出ていて、下宿屋はひっそりしていた。自分の部屋へ這入《はい》って、暫《しばら》くぼんやりしていると、今まで誰もいないと思っていた隣の部屋でマッチを磨《す》る音がする。僕は寂しく思っていた時だから、直ぐに声を掛けた。
「岡田君。いたのか」
「うん」返事だか、なんだか分からぬような声である。僕と岡田とは随分心安くなって、他人行儀はしなくなっていたが、それにしてもこの時の返事はいつもとは違っていた。
 僕は腹の中で思った。こっちもぼんやりしてい
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