「は紅雀の籠を提げて俎橋の方へ引き返した。こん度は歩き方が緩やかになって、折々籠を持ち上げては、中の鳥を覗いて見た。喧嘩をして内を飛び出した気分が、拭い去ったように消えてしまって、不断この男のどこかに潜んでいる、優しい心が表面に浮び出ている。籠の中の鳥は、籠の揺れるのを怯《おそ》れてか、止まり木をしっかり攫んで、羽をすぼめるようにして、身動きもしない。末造は覗いて見る度に、早く無縁坂の家に持って往って、窓の所に弔るして遣りたいと思った。
今川小路を通る時、末造は茶漬屋に寄って午食《ひるしょく》をした。女中の据えた黒塗の膳の向うに、紅雀の籠を置いて、目に可哀らしい小鳥を見、心に可哀らしいお玉の事を思いつつ、末造は余り御馳走でもない茶漬屋の飯を旨《うま》そうに食った。
拾捌《じゅうはち》
未造がお玉に買って遣った紅雀は、図らずもお玉と岡田とが詞《ことば》を交す媒《なかだち》となった。
この話をし掛けたので、僕はあの年の気候の事を思い出した。あの頃は亡くなった父が秋草を北千住《きたせんじゅ》の家の裏庭に作っていたので、土曜日に上条から父の所へ帰って見ると、もう二百十日が近
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