し始めた。間もなく石炭の中から、金剛石が出て来た。※[#「貝+藏」、126−上−13]品の金剛石である。
 そこで水兵は艦長の前へ出た。「艦長殿。盗坊《どろばう》が分かりました。これが宝石で、これがそれを盗んだ奴であります。」
 猿はこの詞が分かつたらしい様子をしてゐた。分からぬまでも、この場で何事が訴へられ、又聞き取られてゐると云ふことを悟つてゐたに違ひない。猿は途方に暮た様子で頭を低《た》れて視線を船の甲板の上に落してゐて、艦長の顔を一目も仰ぎ見る事が出来なかつた。
「さうか。この役に立たず奴をどう処分して遣つたものだらうかなあ」と、艦長が云つた。
 評議の結果、猿を取調べて、いよ/\有罪と極まつたら、窃盗をした水兵と同じ刑罰に処するが好からうと云ふ事になつた。航海は退屈なものだから、何か慰みになるやうな事があると、誰でもその機会を捕へようとするのである。取調べは一種の軍法会議を組織して行ふことになつた。猿の辯護をする役人も出来た。そこで中世風の裁判をして、刑罰に処するか放免するかになるのである。
 水兵仲間の一人は、この様子を見てゐて、忽然《こつぜん》一種の疑念を生じて、猿を連れ
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