て来た水兵に言つた。「猿は可哀《かはい》さうだな。やつぱりお主が処罰になつた方が面白かつたのに。」
「難有い為合《しあは》せだ」と、水兵は答へた。
 猿はとう/\有罪と極まつた。法廷の手続きは一々規則通りに遂行せられた。猿は数人の判事と辯護士とを代る代る見て何事か分からずにゐた。此分からずにゐたと云ふのは平気でゐたのではない。軍艦中で可哀がられてゐた猿の為には此見馴れない法廷がひどく窮屈であつた。猿はどんなに宥《なだ》めても落ち着いてゐることが出来なかつた。大勢の人が自分を見てゐるのが猿には辛くてならなかつた。さて愈有罪と極まつたので、刑の執行をする事になつた。どんな刑罰に処せられるかと云ふことは最初から分かつてゐた。
「とう/\銃殺か、ジヨツコオ奴。可哀さうに。」誰やらがかう云つた。
 窃盗をしたからには、銃殺せられるのは当前である。併し刑の執行は真似だけにして置かうと議決せられた。金剛石の持主は赦免の請求をしたが、この請求は銃口を猿に向けた上で採用するが好からうと云ふことになつた。
 この銃殺の真似を水兵共は楽みにして待つた。毎日同じやうにしなくてはならぬ操練に飽きてゐるので、こん
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