なところがあつた。中庭からは腹を立つて罵る声がした。
その時ロツクロアが云つた。「己にはあの意味が分かつてゐる。この間己の使つてゐる家来が、この猿を散歩に連れて出た時、この家に住つてゐる或る奴が、見つともない畜生だなあと云つた。それを猿が悟つて、忘れずにゐて、今好機会を得て復讐をしたのだ。あの皿の中の沙でその詞《ことば》の返事をしたやうなものだ。」
猿と言ふものはこんなものだから、あの「アリスチイド・フロアツサアル」と云ふ諷刺的の名作を出して、その癖もう殆ど世に忘れられてゐるレオン・ゴズランが猿の国への旅を書かうと思ひ立つたのも無理はない。「ポリドオル・マラスケンの冒険談」と題した文章がジユウルナル・プウル・ツウに出て、その插画をギユスタアフ・ドレエが書いた時には、己達は面白がつてそれを見たものだ。あの文章は諷刺を以て書いた哲学的研究で、ゴズランはその中で、既往に於てはスヰフトを回顧し、未来に於ては動物を主人公にする作者としてジユウル・ヱルヌ、ヱルス、それから主にラヂヤアド・キプリングの先容《せんよう》をなしてゐる。一体獣はいつも己達を驚かし感動させるものだ。己達は獣が物を考へるの
前へ
次へ
全12ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング