殺した。又一匹の子猿がその雌猿の乳房を含んでゐたのを引き放した。子猿は啼いた。そのヒヨオ/\/\と云ふ声が聞く人の胸に響いた。子猿は母猿の死骸に捜《さぐ》り寄つて、その手や口の冷えてゐるのに触れてヒヨウ/\/\と啼き続けた。この所の記事は実に読むに忍びない。試《こゝろみ》に人間の子が母親の乳を含んでゐる時、シンパンジイが来てその母親を殺したと思へ。我等は必ずや「ひどい獣だ」と罵るであらう。人間はどうかすると実にひどい獣になる。これに反してシンパンジイは老年になつて意地が悪くなる事もあるが、大抵気が優しくて、子供を愛してゐる。
 己はいつか昔一しよに住つてゐて、黒パンを分けて食つた子猿の話をした事がある。ジユヂツク夫人はリユウ・ド・ラ・フイデリテエに住んでゐた頃、この猿を知つてゐた。外へ出た序《ついで》にリユウ・ド・パラヂイ・ポアソンニエエルに立ち寄つて、このリツトル・ジヤツクと云ふ子猿に砂糖を一切れづゝくれて行つた。ジヤツクもあの女藝術家をひどく好いてゐた。一体動物は人間に対してひどく好き嫌ひがある。人間のちよつとした科《しぐさ》を見て、直《すぐ》に敵にすることがある。この子猿を人がハ
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