ンジイ種の猿は、主人の好いた或る女が来る度に厭がつて、主人の杖を持ち出して威《おど》したさうだ。
 猩々やシンパンジイの猟をしたドユ・シヤイユウは人を避けて穴居してゐるこの猿共の性質の面白いことを報告してゐる。この男は平気で、なんの不思議な業《わざ》でもない積りで、一疋のシンパンジイが木の枝に隠れて寝てゐるのを殺したことを話した。猿は気の毒にも木の葉の蔭で隠れおほせた積りでゐたのだ。人間と云ふ永遠なる獄卒は眠らずに隙を覗つてゐるのである。ドユ・シヤイユウは寝た猿に狙ひ寄つたのだ。その時の事がこんな風に書いてある。「余は一疋の猿の巣に籠りて友を呼ぶを見たり。その傍《かたはら》には第二の巣を営みありき。呼ばれて答ふる第二の猿の声は直ちに聞えたり。余は同時に二疋の猿を殺すことを得べきを思ひて喜びゐたり。然るに同行者の身を動かしたるが為めに、用心深き猿は余等の潜伏しあるに気付きたり。巣に籠りたる猿は木より下《お》り来らんとす。余はこれを取り逃さんことを恐れて狙撃したり。その猿は即死して地に墜ちたり。これを見るに雄猿なりき。」かう書いてある。ドユ・シヤイユウは雄猿を獲たのに満足しないで、雌猿をも
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