猶《なほ》健《すこやか》であつたから、定て客と語を交へたことであらう。蘭軒の妻益は臨月の腹を抱へてゐたから、出でゝ客を拝したかどうだかわからない。或は座敷のなるべく暗い隅の方へゐざりでて、打側《うちそば》みて会釈したかも知れない。益は時に年二十二であつた。
 蘭軒は茶山を伴つて家を出た。そしてお茶の水に往つて月を看た。そこへ臼田才佐《うすださいさ》と云ふものが来掛かつたので、それをも誘《いざな》つて、三人で茶店《ちやてん》に入つて酒を命じた。三人が夜半《よなか》まで月を看てゐると、雨が降り出した。それから各《おの/\》別れて家に還つた。
 蘭軒はかう書いてゐる。「中秋後一夕、陪茶山先生、歩月茗渓、途値臼田才佐、遂同到礫川、賞咏至夜半」と云ふのである。
 臼田才佐は茶山|書牘《しよどく》中の備前人である。備前人で臼田氏だとすると、畏斎《ゐさい》の子孫ではなからうか。当時畏斎が歿した百十五年の後であつた。茶店の在る所を、茶山は茗橋《めいけう》々下と書し、蘭軒は礫川《れきせん》と書してゐる。今はつきりどの辺だとも考へ定め難い。
 蘭軒の集に此|夕《ゆふべ》の七律二首がある。初の作はお茶の水で
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