月を看たことを言ひ、後の作は茶店で酒を飲んだことを言ふ。彼の七八に「手掃蒼苔踞石上、松陰徐下棹郎歌」と云つてある。当時のお茶の水には多少の野趣があつたらしい。此《これ》の頷聯《がんれん》に「旗亭敲戸携樽至、茶店臨川移榻来」と云つてある。料理屋で酒肴を買ひ調へて、川端の茶店に持つて往つて飲んだのではなからうか。
蘭軒が茶山とお茶の水で月を看た後九日にして、八月二十五日に蘭軒の嫡子|榛軒《しんけん》が生れた。小字《をさなゝ》は棠助《たうすけ》である。後良安、一安、長安と改めた。名は信厚《しんこう》、字《あざな》は朴甫《ぼくほ》となつた。
分家伊沢の伝ふる所に従へば、榛軒は厚朴《こうぼく》を愛したので、名字号皆義を此木に取つたのだと云ふ。厚朴の木を榛と云ふことは本草別録に見え、又|急就篇《きふしゆへん》顔師古《がんしこ》の註にもある。又門人の記する所に、「植厚朴、参川口善光寺、途看于花戸、其翌日持来植之」とも云つてある。しかしわたくしの考ふる所を以てすれば、蘭軒は子に名づくるに厚《こう》を以てし重《ちよう》を以てした。これは初め必ずしも木の名ではなかつたであらう。紀異録に「既懐厚朴之才、
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