に皆昌平黌の出身である。雪堂は猶校に留まつて番員長を勤めてゐた筈である。
さて十六日の黄昏《たそがれ》に茶山は蘭軒の家に来た。二人が第三者を交へずに、差向で語つたことは、此より前にもあつたか知らぬが、ダアトの明白なのは是日である。初めわたくしは、六七年前に伊沢氏に来て舎《やど》つた山陽の事も、定めて此日の話頭に上つただらうと推測した。そして広島|杉木小路《すぎのきこうぢ》の父の家に謹慎させられてゐた山陽は、此|夕《ゆふべ》嚔《くさめ》を幾つかしただらうとさへ思つた。しかしわたくしは後に茶山の柬牘《かんどく》を読むこと漸く多きに至つて、その必ずしもさうでなかつたことを暁《さと》つた。後に伊沢信平さんの所蔵の書牘を見ると、茶山は神辺《かんなべ》に来り寓してゐる頼|久太郎《ひさたらう》の事を蘭軒に報ずるに、恰も蘭軒未知の人を紹介するが如くである。或は想ふに、蘭軒は当時猶山陽を視て春水不肖の子となし、歯牙にだに上《のぼ》さずに罷《や》んだのではなからうか。
その二十七
蘭軒の家では、文化紀元八月十六日の晩に茶山がおとづれた時、蘭軒の父|隆升軒信階《りゆうしようけんのぶしな》が
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