伊沢信重」と書してある。伊沢分家の口碑の伝ふる所に拠れば、初め狩谷保古は望之《ばうし》を養ふに当つて、其生父高橋|高敏《かうびん》に約するに、望之の子をして高橋氏を嗣《つ》がしむることを以てした。それゆゑ※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の長女たかのは高橋氏に養はるることとなつてゐた。然るにある日長女次女は相携へて浅草の観音に詣でた。家に帰つて、長女は病臥し、遂に起たなかつた。次女はたか、後の名は俊《しゆん》で、長じて後柏軒に嫁《か》した。誕生の順序は第一懐之、第二たかの、第三たかであつたと云ふのである。
※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の妻が文化七年に歿したとすれば、是は懐之七歳、たか一歳の時である。たかのは懐之より穉《をさな》く、たかより長じてゐたことを知るのみで、其生歿年を詳《つまびらか》にしない。当時※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎は三十六歳であつた。※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の妻は夫に先つこと二十五年にして既に歿してゐた。
その二百十六
此年乙未には蘭軒門人森枳園の家に冢子《ちようし》約之《やくし》が生れた
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