屡糺繩を用ゐること糾纏のごとくにしてゐる。わたくしは題簽を熟視してゐるうちに、ふと紙下に墨影あるに心附いた。そして日に向つて透《すか》して視た。果して茶表紙に直《ぢき》に書いた別の三字があつた。此三字は「過去帳」であるらしい。推するに初め過去帳と題し、後|忌《い》んで糾繩抄と改めたものであらう。
 此糾繩抄の文化七年庚午の下《もと》には七人の名がある。原文の儘に録すれば、下《しも》の如くである。「正月廿七日小野蘭山(八十二歳、二月発喪)細見権十郎(三月十六日、実は八月十四日、号秋月院道法日観居士)加藤定四郎(四月十九日朝)太田備後守殿(六月十七日於掛川死去、脚気腫之由)望之妻(六月十八日朝)吉川熊太郎(七月十四日病死)おのふ(八月。)」括弧内は細註の文である。
 わたくしは此「望之妻」は※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の妻であらうと謂《おも》ふ。果して然らば、※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の妻狩谷氏は文化七年庚午六月十八日の朝歿したこととなるであらう。
 ※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の墓誌には「育一男二女、男即懐之、(中略、)女一適高橋某、一適
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