。渋江抽斎の家では嫡子|恒善《つねよし》が既に十歳になつてゐて、此年第二子|優善《やすよし》が生れた。約之と優善とは榛軒の女《ぢよ》柏《かえ》と同庚で、若し大正丁巳までながらへてゐたら、今の曾能子《そのこ》刀自と倶に、八十三歳になつてゐる筈である。
 此年榛軒三十二、妻志保三十六、柏軒二十六、長二十二、志保の産んだ柏一歳であつた。
 天保七年には春の未だ闌《たけなは》ならぬうちに、柏軒が狩谷※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎の第二女たか、後の名|俊《しゆん》を娶《めと》つたらしい。何故と云ふに、柏の初節句即丙申の三月三日には、たかが家にゐたと伝へられてゐるからである。
 柏軒たかの夫婦は同庚である。そして共に二十七歳で結婚したこととおもはれる。
 たかは善く書を読んだ。啻《たゞ》に国文を誦《じゆ》するのみではなく、支那の典籍にも通じてゐた。現に徳《めぐむ》さんの姉|良子《よしこ》刀自は、たかが子に授けむがために自ら書した蒙求《まうぎう》を蔵してゐる。拇指大《ぼしだい》の楷書である。女文字に至つては当時善書の聞《きこえ》があつた。連綿草《れんめんさう》を交へた仮名の散らし書の消
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