を齎し帰るべきかを問うた。
 初め志保は思ふ所あるものの如く、輒《たやす》く口を開かなかつた。
 春庵は重て問うた。「そんなら京都にお出なさつた時、一番お好であつたものは何でしたか。」
「それはあの吹田《すゐた》から出まする慈姑《くわゐ》でございました。」
「宜しい。お安い御用です。そんなら吹田の慈姑は是非持つて帰ります。しかしそれだけでは、なんだか物足りないやうですね。も一つ何かお望なさつて下さい。」
 志保は容《かたち》を改めて云つた。「さう仰れば実はお頼申したい事がございます。しかしこれは余り御無理なお願かも知れませんから、お聴に入れました上で、出来ぬ事と思召しますなら、御遠慮なくお断下さいまし。」
 春庵は耳を欹てた。
 志保は生父の誰なるかを偵知せむことを春庵に託したのである。
 春庵は事の成否を危みつつも、志保の請を容れて別を告げた。
 春庵は年を踰《こ》ゆるに及ばずして京都より還つた。そして丸山の伊沢の家を訪うた。背後には大いなる水盤を舁《か》いた人夫が附いて来た。春庵は五十三駅を過ぐる間、特に若党一人をして慈姑を保護せしめ、昼は水を澆《そゝ》ぎ、夜は凍《こゞえ》を防いで
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